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2009年4月18日 (土)

トレーニングと禅 「環境について」

禅はどこでも、道具を使わなくてもできるのがいいところですが、効果を高めるには、

「森林や海辺などの自然環境」

「なるべく裸に近い状態」

「朝方、または午前中」

でやると、何か効果が高い気がします。

自然環境にでれば、多くの人が気分がよくなるのを感じると思います。

(フィトンチットやマイナスイオンの作用だと言われているそうです)

また、裸に近い状態と言うのは、長そでよりも半そでと言う意味で、これは僕の感覚に過ぎないのですが、薄着の方が、気分よく運動できませんか?

さらに、外で運動するなら、午後よりも午前(朝)の方が、森や海の状態がフレッシュで、パワーに満ちている感じがします。

さて、最近、外に出てランニングする人や、トレッキングする人、中にはオープンウォーターの水泳にチャレンジする人も増えつつあります。

また午前中に運動する方も増えています。

これはもしかしたら、トレーニングの持つ直接的作用(体力がつくとか、カロリーを消費するなど)とは別に、

・自然環境でやることに気持ちよさを感じている

・暖かくなってきたので、薄着になり、そのことで気持ちよく運動できる

・午前中にやることで、エナジーアップを感じやすい

このような効果を潜在的に感じ、それが今の自分が求めている効果だから、今、多くの人が外に出て運動をしているのではないでしょうか。

事実、私の周りの経営者やビジネスマンは、午前中に運動する人が急増中だし(その方がスケジュールがうまく回る)、サーフィンや登山、釣りなどのアウトドア系の趣味をもつ人がほとんどです。

さて、私はどうかと言うと、いつも自然を求めています。と言うか、

「自然、ときどき、都会」

って感じです。

こんな僕ですから、今度のGWは、自転車で四国を巡ります!

大好物のうどんを食べて、木々に触れ、山に登り、そして野宿で星空を眺めるshine

めちゃくちゃ楽しみです!

その様子はブログにアップしますので、乞うご期待!

何か四国の情報があれば教えてください~happy01

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2009年4月16日 (木)

トレーニングと禅 「直感を研ぎ澄ます」

禅の効果には、さまざまあると思いますが、その中でも僕が特に言いたいのは、

「直感を研ぎ澄ます」

ような効果があると言うことです。

普段私たちは、常識やモラル、これまでの勉強から、さまざまな思考を構築しますが、それらは「他人が聞いても納得できる考え」「常識的な考え」が前提かと思います。

しかし、直感とは、そのようなものとは対照的に、

・理屈ではない

・いちいち考えない

・なんとなく

・独自性

・他人が理解しづらい

みたいな、感覚的なものだと思います。

私のような凡人でも、「あれ、これはなんか怪しいな」とか「これは辞めておこう」などの危機感とか、「これはいい感じかも」などの直感が時々働きます。

このように直感は、知らないうちに自分の生活に時々現れては、自分の行動を左右しています。皆さんもそのようなケースがあるのではないでしょうか。

しかし、集団社会で生きる私たちは、他人との意思疎通を図る必要があり、他人でも理解できるように、どうしても理屈的な思考形成をしています。

それが悪いとかの話ではないですが、このような社会に生きていると、どうしても

「頭でっかち」

になりがちです。

そしていずれ、直感が鈍り、

・危機的な状況に気づかない

・人に騙される

・良い話なのに、行動できない

などの状況に陥る可能性があります。

今の社会状況をみると、多くの人が危機的状況にありますが、でも、安定している人もいる。

その差は、危険を感じていたか、または良い判断ができていたか、などの直感が働いたか、働かなかったかの違いなのかもしれないなどと、思ってしまいます。

直感と言うと、アスリートのパフォーマンスや有能な経営者の選択力みたいに、思われてしまいますが、私のような凡人でも、常に働いているはずです。

直感はもっと身近で、誰にでも備わっていて、でも磨かないと曇る感性で、禅はそれを磨いてくれます。

その原理は、

「思考を停止させること」

にあります。

恐らく、直感を働かせている機能は、お猿さんから人間になるまでの中間くらいの時代に、比較的初期に発達した脳のどこかの部分がつかさどっていると思いますが、

その機能は、言語や思考力がこれほどまでに発達し、社会を形成する以前に備わっていた機能で、

しかし、集団を大きくするには、直感と言うあいまいさでは、全体に情報を伝えるには無理があり、その為、直感力よりも論理的思考力が発達してきたのだと思います。

皮肉なことに、社会が大きくなるために、不必要な直感力は低下したのだと、私は思います。

しかし、ビジネスで成功している人やトップアスリート、または皆さんの身近の勘のいい人は、実は直感力が高く、さらにそれを論理的に他人に伝えることができる特殊な能力を持った人たちなのかもしれません。

それはおそらく訓練でなし得るものだと思いますが、でもまずは、直感が働かなければなりません。

禅は、思考を中断することで、直感をつかさどる脳のどこかの機能を賦活させることができるのではないかと僕は考えています。

だから、禅で直感が研ぎ澄まされるのです。

さて、いつもの持論でしたが、ある方にこの話をしたら、

「でも思考を止められない、どうしたらできるようになるのか」

と言われました。

方法は

・静かな場所で

・筋肉を適度に緊張させた姿勢で

・深く呼吸し(体全体で呼吸する)

・呼吸をするときの音に耳を澄ませ

・頭の中で、その呼吸の音をイメージする

これだけです。

そして思考を停止するに至るまでは、何年もかかります。

大変なことですが、禅をマスターするのは、実は現代人のセルフマネージメントの一つなのではないかと思います。

それは、現代が、生き残りをかけたサバイバルレースだからです。

その危機的状況に生き残るには、理論ではなく、直感が重要だと思います。

だから、長い時間をかけてでも、直感を研ぎ澄ませるために、禅をマスターする必要があるのではないかと思います。

なが~いブログになりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

でも、まだまだ、なが~いブログを書きますので、よろしくお願いいたしますhappy01

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2009年4月15日 (水)

トレーニングと禅 「禅の原理」

トレーニングとは何か?

トレーニングをすることで何がいいのか?

こんなことを日々考えて、せっかく出させて頂いた本をビジネスにつなげず(と言うかつなげられずsweat01)、お金も儲けずに、ただトレーニングしているだけの、ある意味「おバカな」存在は、たぶん世界でも僕だけかと思いますが、

そんな僕が、高校生の頃に気づき、そして一貫して言い続けているのが、

トレーニングと禅は同じ効果がある

と、言うことです。

禅との出会いは、僕が通っていた高校の体育の先生に「太気拳」と言う、中国拳法の流れを組む拳法の先生がいらっしゃって、当時、極真空手やグレーシー柔術をやっていた僕は、無謀なことにその先生に挑戦し、あっけなく転がされ、それ以来、その強さの秘密に迫ろうと、太気拳の中心的練習法である、「立禅」(立って禅を組む)を、毎朝始めたのがきっかけです。

それから15年くらいたち、今では立禅を組まなくても、筋トレをしていても、走っていても、泳いでいても、禅の状態になることができるようになりました。

それは練習のたまものだとは思いますが、ある原理みたいなものに気がついたからです。

その原理とは

・思考を停止させる(前頭葉の機能を抑える)

・呼吸リズムを整える(セロトニンニューロンを賦活化する)

・体の感覚に意識を向ける(思考をシャットアウトする)

と、言うことです。

これが、僕の考える「禅」の原理みたいなものです。

だから、坐禅や立禅と動作は違っていても、この原理の条件が整う動作であれば、それは禅としての効用があるのです。

もちろん、この原理みたいなものは、得意の持論ですが、15年禅をやってきた現段階では、そのように思っています。

特に、筋トレ、ランニング、水泳などは、複雑な動作ではないので、思考を高める必要もなく、呼吸も乱れない程度にやれば、禅的に行うことができます。

例えば、筋トレでは、鍛える部分に意識を向けることで、思考をシャットアウトしやすいし、呼吸が激しくはなるものの、リズムは整えやすいので、かなり禅的にできると思います。

また、ランニング・水泳も同様で、深く考えて動作をする必要がなく(もちろんフォーム練習がある程度できている人ですが)、強度を抑えれば呼吸も乱れずに出来て、とても禅的にできます。

ちなみに、最近、ランニングや水泳のとりこになっている人が多いのは、禅の効果による、

「すっきり感」 「自己一体感」

みたいなものが、快感情としてとらえられ、病みつきになっているのではないかと思います。

言いかえれば、それだけストレス(イライラ感、自己不一致感みたいなもの)に晒されているからかも知れません。

だからこそトレーニングは、ストレスフルな社会に生きる現代人にとって、自分を癒したり、整えたりするために、有用なのだと思います。

みんなが、それぞれ好きな動作で、禅的にトレーニングをやれば、心がすっきりして、きっと毎日が楽しくなるのではないかと思いますhappy01

さて、今日も徒然なるままに書きましたが、

「トレーニングは禅と同じような効果がある」

と言うことをお伝えできたでしょうか。

次回は、禅の効果(自身に及ぼす影響)について、持論を展開したいと思います。

さて、今日はいい天気ですねsun 

禅を難しくお伝えしてしまいましたが、でも実は、

ただお日様にむかって深呼吸するだけで、禅のような効果が得られますよtulip

ぜひやってみてくださいね!

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2009年1月15日 (木)

映画「禅」

これは?
午後からのミーティングも終わり、これからレッスンです。その道すがら、こんな映画を発見。その名も「禅」。
私も10年以上、禅に取り組んでいるので、非常に興味がありますね。
どんな内容なんだろう?

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2009年1月 5日 (月)

朝のマインドオン

今朝から仕事モードに入りました。

そこで、気分を入れ替えるために(インフルエンザのためボーっとしている)、近くの公園で山本式のマインドオンをやってきました。

マインドオンとは、簡単に言えば呼吸法とか禅みたいなものですが、呼吸法とか禅とかって言うと、やや宗教的な感じがするので、誤解を受けやすく、最近、指導に当たっては、横文字で Mind On (自分にスイッチを入れる)などと和製英語を使ってます。

やり方は簡単、背筋を伸ばして座り、足をやや広く開き、手のひらを上に向けて、目をパチッと開き、深~く呼吸するだけです。

息を吐くときは、やや強く吐くようにして、息を吐ききってください。

そうすると、なんだか気持ちにスイッチが入りますよgood

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ちなみに、このときの格好は、マスクにマフラー、頭にはニット帽をかぶり、そして軍手をはめています。

完全に不審者ですcamera

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2008年10月29日 (水)

沖縄にて

沖縄にて
実は昨日から沖縄に遠征しています。
半分仕事、半分羽を伸ばしに来ました。
せっかくなので、沖縄随一のパワースポットと言われる「斎場御場」(写真)で立禅をしようと思い、夜明けの沖縄をバイクでとばしました。

さすがに沖縄随一と言われるだけあって、かなりキレイな空気が充満していました。
私は鈍感な方なので、いわゆるスピリチュアル的なことは理解できませんが、少なくともこう言った場所は空気が良く、静かで爽やかな雰囲気があります。
おかげさまで立禅は非常にリラックスして出来ました。

その後は神様が最初に降り立った場所と言われる「久高島」に行き、島を走って来ました。島を一周するのに1時間と、かかりませんが、久しぶりにだ〜れもいない場所で、瞑想ジョギングが出来ました。
瞑想ジョギング?については後日ご紹介します。

さて、沖縄の食事はタンパク質やビタミンミネラルが豊富なものが多く、筋トレには最高の環境ですね!
明日まで滞在しますが、この間に筋肉も精神もバルクアップしそうです!

では〜!

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2008年10月19日 (日)

立禅とは?

今朝は日曜恒例の10km会でしたが、ランニング後に立禅について参加の方にご説明をしました。

以前から立禅はどうやるのか?と言うご質問もありましたし、写真を乗せましたのでご参考にしてください。

やり方は特に決まっていません。ただ腕を前に出し、中腰で立つだけです。

大切なのはこのときの、

① 体性感覚・呼吸の状態

② 思考状態

③ 心の状態  です。

①は体のパーツを感じることと、呼吸の状態です。パーツを感じるとは、自律訓練法的なイメージでよいと思います。たとえば地面と触れている足裏の感覚を、頭の中でパーツの名称(親指とか、くるぶしなど)を言いながら、頭の先まで伝えていきます。この時大切なのは、言葉と感覚を連動させることです。頭の先まで到達したら、それを逆順で繰り返します。

呼吸はあまり難しく考えず、鼻から吸って、口から少しずつ吐き出しましょう。そのとき、息をする音を頭の中で、スー、とかハーなどの言葉で言ってみてください。

パーツを感じることと、呼吸を感じることを同時に行うのは、かなり難しいですが、出来ないことはありません。気長に続けてみてください。

②は頭の中で何を言うか。です。よく「何も考えない」と言いますが、何も考えないのは不可能だと思います。僕の経験では「考えていない状態は、後から気づくもの」だと思います。何も考えないでいようと意識すると、考えないことを確認してしまうので、やはり考えてしまい、なにも考えないのは難しいです。なので、頭に浮かんでくることはすべて傍観しましょう。ど~でもいいことや、結構深刻な問題など、なんの理由も順番も関係なく頭に浮かんできますので、まずはそれを傍観するのです。そのうちに、その浮かんでくることを意識しなくなります(それでも浮かんできます)。

で、②は具体的にどうするかと言うと、①をやり続ければいいのです。頭のなかで言っている=考えている言葉を、体性感覚に沿って言えば、よけいなことを考えてしまう=頭の中で言葉にする行為を減少させることができます。

③は、①と②の状態によってつくられる状態です。①と②が適正であれば、③は自然と整えられます。立禅が終わったときに、すっきりしているかどうかは、心の状態によると思います。しかし心の状態は意識してもコントロールできません。だから、①と②を通じてコントロールするのです。私は、心は体の状態と行動に影響を受けるものだと考えていますが、皆さんはどうお考えですか?

一般的に言われている心とは、もしかすると、自分でつかむと言うよりか、他者が判断しているものかも知れません。

立禅について文章で表現するには、もう少し私の修行(文章化する練習)が必要です。直接知りたい方は、10km会にでもいらしてください(なげやりですみませんcoldsweats01)。

あと一つ。禅の本には、禅はがんばってはいけない、とかって書いてありますが、始めてから2~3年はがんばった方が、その後が違うと思うので、がむしゃらにやってもいいと、個人的には思います。

さて、今日も健やかに過ごしましょう!

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2008年10月10日 (金)

14年かかりました

14年かかりました
今朝は箱根ターンパイクに一番乗りでやってきました。
いつものごとく、瞑想をするために来たのですが、立禅を組んでしばらくすると、気がつけば左腕に小鳥がとまっていました。
すかさず写真を撮りましが、その瞬間飛んで行ってしまいました。
生まれて始めての出来事でした。

私が立禅を始めたのは高校生の時で、その時教わっていた先生が「極めれば鳥がとまる」と仰っていて、ついに自分もそのレベルに達したのかも?知れません。
一度に多くのことをできない不器用な自分ですが、ただ、ただ続けることだけを続け、一つの目標を今日達成しました。14年かかりました。
高校生の頃は鳥が腕にとまることを夢みて立禅を組んでいましたが、最近はそんなことも忘れていました。しかしだからこそ、雑念や殺気のない状態になり、小鳥もその辺の木と間違えてとまったのでしょう。

続けてきてよかったと、心から想った朝のひとときでした。

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