禅の効果には、さまざまあると思いますが、その中でも僕が特に言いたいのは、
「直感を研ぎ澄ます」
ような効果があると言うことです。
普段私たちは、常識やモラル、これまでの勉強から、さまざまな思考を構築しますが、それらは「他人が聞いても納得できる考え」「常識的な考え」が前提かと思います。
しかし、直感とは、そのようなものとは対照的に、
・理屈ではない
・いちいち考えない
・なんとなく
・独自性
・他人が理解しづらい
みたいな、感覚的なものだと思います。
私のような凡人でも、「あれ、これはなんか怪しいな」とか「これは辞めておこう」などの危機感とか、「これはいい感じかも」などの直感が時々働きます。
このように直感は、知らないうちに自分の生活に時々現れては、自分の行動を左右しています。皆さんもそのようなケースがあるのではないでしょうか。
しかし、集団社会で生きる私たちは、他人との意思疎通を図る必要があり、他人でも理解できるように、どうしても理屈的な思考形成をしています。
それが悪いとかの話ではないですが、このような社会に生きていると、どうしても
「頭でっかち」
になりがちです。
そしていずれ、直感が鈍り、
・危機的な状況に気づかない
・人に騙される
・良い話なのに、行動できない
などの状況に陥る可能性があります。
今の社会状況をみると、多くの人が危機的状況にありますが、でも、安定している人もいる。
その差は、危険を感じていたか、または良い判断ができていたか、などの直感が働いたか、働かなかったかの違いなのかもしれないなどと、思ってしまいます。
直感と言うと、アスリートのパフォーマンスや有能な経営者の選択力みたいに、思われてしまいますが、私のような凡人でも、常に働いているはずです。
直感はもっと身近で、誰にでも備わっていて、でも磨かないと曇る感性で、禅はそれを磨いてくれます。
その原理は、
「思考を停止させること」
にあります。
恐らく、直感を働かせている機能は、お猿さんから人間になるまでの中間くらいの時代に、比較的初期に発達した脳のどこかの部分がつかさどっていると思いますが、
その機能は、言語や思考力がこれほどまでに発達し、社会を形成する以前に備わっていた機能で、
しかし、集団を大きくするには、直感と言うあいまいさでは、全体に情報を伝えるには無理があり、その為、直感力よりも論理的思考力が発達してきたのだと思います。
皮肉なことに、社会が大きくなるために、不必要な直感力は低下したのだと、私は思います。
しかし、ビジネスで成功している人やトップアスリート、または皆さんの身近の勘のいい人は、実は直感力が高く、さらにそれを論理的に他人に伝えることができる特殊な能力を持った人たちなのかもしれません。
それはおそらく訓練でなし得るものだと思いますが、でもまずは、直感が働かなければなりません。
禅は、思考を中断することで、直感をつかさどる脳のどこかの機能を賦活させることができるのではないかと僕は考えています。
だから、禅で直感が研ぎ澄まされるのです。
さて、いつもの持論でしたが、ある方にこの話をしたら、
「でも思考を止められない、どうしたらできるようになるのか」
と言われました。
方法は
・静かな場所で
・筋肉を適度に緊張させた姿勢で
・深く呼吸し(体全体で呼吸する)
・呼吸をするときの音に耳を澄ませ
・頭の中で、その呼吸の音をイメージする
これだけです。
そして思考を停止するに至るまでは、何年もかかります。
大変なことですが、禅をマスターするのは、実は現代人のセルフマネージメントの一つなのではないかと思います。
それは、現代が、生き残りをかけたサバイバルレースだからです。
その危機的状況に生き残るには、理論ではなく、直感が重要だと思います。
だから、長い時間をかけてでも、直感を研ぎ澄ませるために、禅をマスターする必要があるのではないかと思います。
なが~いブログになりました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
でも、まだまだ、なが~いブログを書きますので、よろしくお願いいたします