しばらく、日常的なブログが続いたので、得意の持論に戻ります。
前回、コンプレックスや行動を抑制される環境にいることが、僕にとって筋トレがうまく行った要因だと言いましたが、
歴史上の芸術家や研究者などをみても、身体上の苦しみ、人間関係の苦しみ、身分の問題など、様々な
「抑制」
があったのでは?と思います。
ベートベンが難聴後に多くの傑作を作ったことも、難聴と言う「抑制」が何かしら、彼の芸術スイッチを入れたのではないかと思います。
(もっとも、僕の筋トレと、歴史上の芸術家を比べるのは、あまりにレベルが違いすぎますが)
さてさて、ここからが本題。
スポーツ選手や芸術家を見ていると、一見、自由に練習や創作活動に専念できる環境(お金も含め)が、成績を上げるポイントのように思えますが、
あながち、そうではない気がします。
ある程度、抑制される環境(時間がない、お金がない、年齢が限界など)の方が、練習や創作活動に集中でき、よりよい発見があると思います。
いつも、最高の条件を与えられていては、最初は良いかも知れませんが、そのうち、
「ダレてくる」気がします。
そして昔は持っていただろう、研ぎ澄まされた感性や集中力、無限の創造性は失われ、
ただの凡人になるのではないかと思います。
僕自身、道具も知識もない15年前の方が、トレーニングに対する集中力や想いが高かったように思います。
これをお読みのあなたも、一番良い仕事をしていた頃は、相当忙しかったり、大変だった時期なのではないでしょうか?
そして飛躍しますが、これは人生についても同様かと感じます。
現代は、普通にしていれば死ぬことはなく、言い換えれば「生きる」ことに抑制がかかっていない日常と言え、
一見、いい暮らしを送っているように見える現代人は、もしかすると、生きることに鈍感になり、
魂的な生命力を失っているのかも知れない。
ただ細胞が呼吸しているだけの時間 = 人生 と言うのは、
僕はいやだな~と感じます。
芸術の話から、だいぶ飛躍しましたが、まとめると、
何かの抑制がかかった状態こそ、何かを見つけられる瞬間であり、
よりよい成果がでるのではないかと思います。
つまり、楽なことや、好きなことばかりしていないで、積極的に筋トレをして自己を律し、時間的にも精神的にも、自分を適度に抑制する。
こんなことが大切なのではと思います。
結局、筋トレですが・・・